【19】帰還不能点

 

 「ルビコン川を渡る」。
 意味としては、「何かある重大な決意をする」とか「もはや変更不能の状況に陥り、後戻りができなくなる」ということである。もともとは、古代ローマ時代のイタリアとガリア(現在のフランスやオランダあたり)を区切る川で、ローマ帝国は軍を率いて川を渡ることを禁じていた。しかし、ローマ帝国の軍人カエサル(シーザー)は同国の政敵を破り、ローマ帝国を奪還するため、軍を率いてルビコン川を渡った。つまり、ルビコン川を渡るという決断はカエサルにとって戦争の開始、つまり、「勝利を手にするか、死に至るか、それ以外の選択肢はない、逃げ道は完全に閉ざされた」ということを意味したのである。これが由来の言葉であるといわれている。

 同様の意味を持つ言葉としては「退路を断つ」「清水の舞台から飛び降りる」「一か八かの勝負に出る」などさまざまなものがあり、中には少しずつ意味合いがずれてきているものもあるが、ここでは「帰還不能点」(the Point of No Return)という言葉を紹介したい。

 「帰還不能点」(the Point of No Return)とは、元々、軍事・航空用語で、残る燃料から計算して、離陸した出航地に戻れなくなる限界点のことを指す。われわれの人生にももはや後戻りは許されない地点がある。そこを越えてしまったら、どんなことがあろうと、前進以外の選択肢はない。後でその選択を悔やんだところで、もう引き返すことはできない。まあ、こんな意味である。

 もう少し深掘りしてみたい。

 「帰還不能点」とは、「達成したい目標を途中であきらめるよりも、そちらに向かって進んでいくほうがむしろ楽になるポイント(地点)」という捉え方をしてみたい。そうすると「自らの夢や目標の実現を達成する以外にほかに選択肢はない、というポイント(地点)」というものが実際に存在するのかどうかが気になる。私のような凡人はぜひそれを知ってみたいと思うのである。

 私もそうだが、多くの人はたった一度の人生において、自分の最高の望みを叶える行動をしていない。というよりも、むしろそれを回避しているかのようである。子どもの頃は、将来はメジャーリーグで活躍したいとか、総理大臣になって日本を変えたいとか、英語を勉強して海外で活躍したいなどと大きな夢や目標を語っていた人は周囲に数多くいたはずだが、その後はどうだろうか?

 そのような壮大な夢や目標を実現した日本人はゼロではないが、ほんのひと握りであるのが現実だ。だからといって、それができなかった人たちの人生を決して否定するわけではない。私にはそんな資格は全くない。
 言いたいことは、われわれの多くは、諸般の事情から、どこかで夢や目標を何回もダウングレードさせ、なんとなく無難なところに着地しているのではないか、ということである。その結果がいつの間にか、その人の人生になってしまっている。かくいう私がまさにそうである。

 話を「帰還不能点」に戻そう。
 「帰還不能点」を経験するために最も手っ取り早い方法は、夢や目標の実現のために「お金を投資する」ということである。たとえば、ダイエットのためにライザップに入会する人が増えている。ダイエット成功者の比率がどのくらいなのかは知らないが、ダイエットを実現した人が実際にいることはCMで証明されている。日々、目標に向かってみんな懸命にダイエットに取組んでいる理由は、もちろんダイエットしたいという願望もあるだろうが、高額なお金を投資しているからということもきっとあるはずだ。

 この点、同じように投資をして、個人で起業したり、お店をオープンさせた人はなおさらそうである。しかも、そもそもダイエットの投資金額に比べ、まるでケタが違う。投資額の多くは数百万以上である。自己資金のみで賄える人は少数だろう。もし事業に失敗すれば、借金だけが残り、最悪の場合は破産宣告が待っている。家庭も崩壊する可能性が高い。悲しいかな、死を選択するひともいる。多くは誰も助けてくれない。

 しかし、それでも彼らは「お金を投資する」のである。そこには「絶対に事業を成功させる」という強い信念がある。いいかえれば、自ら「帰還不能点」に身を置いているのである。自分が進みたい方向に進まざるを得ない状況に自らを仕向けているのである。そしてそのあとは、目標達成のために行動すべきことを見極め、不必要なことは切り捨てる。全力で事業に打ち込める環境を作る。もっと遊びたいとか、休みたいとかという気持ちはなくなり、そんな楽はしていられない、事業に打ち込んでいる方がむしろ楽で楽しい、とまでいう人もいる。
 古くは、松下幸之助翁、本田宗一郎、現在では、京セラ稲盛氏、日本電産永守氏、ソフトバンク孫氏など、有名な創業経営者たちは、表現は異なるが、みな「帰還不能点」を経験している人たちだ。

 「帰還不能点」を経験したからといって、もちろん事業のすべてが成功するわけではない。また、決してサラリーマンや公務員では「帰還不能点」は経験できないと言っているわけではない。誰もが自分なりの「帰還不能点」を経験することができる。経験するしないは個人の自由だが、経験したいと思う人だけが「帰還不能点」の向こうにあるものを勝ち取ることができるに違いない。

 京セラ創業者の稲盛和夫氏も次のように言う。

 美しい心を持ち、

 夢を抱き、

 懸命に誰にも負けない努力をする人に、

 神は『知恵の蔵』から

 一筋の光明を授けてくれる

 けだし、名言である。
 

 

 

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